“スーパースウェード”ロニー・ピーターソンを知っていますか?
2009年 09月 11日
ロニー・ピーターソンというスウェーデン人を
知っている人は知っている(知らない人は知らないの意)と思うけど、
1970年代のF1レーサーで人気も実力も一流だった。
http://www.ronniepetersonmuseum.com/
「スーパースウェード」とは彼の愛称。テールを滑らせて走る豪快な
ドリフト走行から「サイドウェイ・ロニー」とか呼ばれてもいた。
(横向きになってコーナーを駆け抜けていったんですね)
ピカイチの速さを誇ったにもかかわらず彼はF1の世界チャンピオンには
成れませんでした。
“早いこと”と“強いこと”は別で、レースで車を早く走らせる事だけでは
勝てないのですね。壊れず最後まで速く走る車を開発する能力も要るし、
チームの中でオーナーやスタッフと上手くコミュニケーションをとる
能力も要ります。政治的な駆け引き、理不尽な契約、資金を出資してくれる
スポンサー(パトロン)との付き合い。それらが輻輳した世界。
世界中を転戦する中で母国語だけではなくいろんな国の言葉や文化にも
順応できなければなりません。ライバルとのコース外での不当な競争もあるし、
そんな生き馬の目を抜くようなタフでエゴイスティックな世界で
勝ち残るには純粋すぎてはダメなんでしょうか。
(こうやってF1世界の特徴を書き出してみると、なんとも建築の世界も
似ているようなところが多いなと思います・・・)

在りし日のピ-ターソン(オトコマエ)
ロニー・ピーターソンは若い頃から物静かで優しい男だったようです。
他人を出し抜いても自分が・・・というような性格では無かった。
だからドライバー仲間からはプライベートでは皆から親しくされていた。
でも仕事(レース)となれば別。
時を下った80年代にアラン・プロストは、彼のことを「この世界で唯一、尊敬
できる友人。」と語っていたナイジェル・マンセルとフェラーリでチームメイトに
なったとき、全てを自分中心に動くシステムとしてエースとして君臨し、
ジョイントNo1体制を受入れてチームメイトに迎えたナイジェルは孤立。
やがてチームを去っていきます。
したたかでコースの内外で強かったプロストはこう言ったそうです。
「グランプリの世界では友情は何の役にもたたない。」
より輝かしいF1でのキャリアを残したのは誰だったかは皆が知っています。
ロニー・ピーターソンやナイジェル・マンセルは不器用な男でした。
マンセルはその後チャンピオンには成りましたが、その道程は長く決して平坦な
ものではなかったし、彼のキャリアはその本当の実力をすべて示しているとも思いません。
理不尽で政治的な駆け引きやコミュニケーション下手が災いし、彼らは真の実力を
充分に発揮できずにF1レーサーとしてのキャリアを終えたように思います。
そして、ロニー・ピーターソンはF1のキャリアだけではなく、31年前の今日、
9月11日、命も落としているのです。前日に行なわれたイタリアGPで多重事故に
巻きこまれての結果です。事故後、救出されたときは意識もあり死ぬような怪我では
無かったのに、その後の処置がまずかったためと言われています。
悲運ですね。最愛の妻バーバラさんも、ロニーの悲劇から立ち直れず、数年後に
自ら後を追ったとのことです。
寡黙で純情で優しすぎたピーターソン夫妻の美しくも悲しい物語。 安らかに眠れ。
*写真は「auto technic」誌’78.11月号表紙をスキャンしたもの
没後30年の昨年、スウェーデンに『ロニー・ピーターソン博物館』が
開館したそうです。
http://www.ronniepetersonmuseum.com/
知っている人は知っている(知らない人は知らないの意)と思うけど、
1970年代のF1レーサーで人気も実力も一流だった。
http://www.ronniepetersonmuseum.com/
「スーパースウェード」とは彼の愛称。テールを滑らせて走る豪快な
ドリフト走行から「サイドウェイ・ロニー」とか呼ばれてもいた。
(横向きになってコーナーを駆け抜けていったんですね)
ピカイチの速さを誇ったにもかかわらず彼はF1の世界チャンピオンには
成れませんでした。
“早いこと”と“強いこと”は別で、レースで車を早く走らせる事だけでは
勝てないのですね。壊れず最後まで速く走る車を開発する能力も要るし、
チームの中でオーナーやスタッフと上手くコミュニケーションをとる
能力も要ります。政治的な駆け引き、理不尽な契約、資金を出資してくれる
スポンサー(パトロン)との付き合い。それらが輻輳した世界。
世界中を転戦する中で母国語だけではなくいろんな国の言葉や文化にも
順応できなければなりません。ライバルとのコース外での不当な競争もあるし、
そんな生き馬の目を抜くようなタフでエゴイスティックな世界で
勝ち残るには純粋すぎてはダメなんでしょうか。
(こうやってF1世界の特徴を書き出してみると、なんとも建築の世界も
似ているようなところが多いなと思います・・・)

在りし日のピ-ターソン(オトコマエ)
ロニー・ピーターソンは若い頃から物静かで優しい男だったようです。
他人を出し抜いても自分が・・・というような性格では無かった。
だからドライバー仲間からはプライベートでは皆から親しくされていた。
でも仕事(レース)となれば別。
時を下った80年代にアラン・プロストは、彼のことを「この世界で唯一、尊敬
できる友人。」と語っていたナイジェル・マンセルとフェラーリでチームメイトに
なったとき、全てを自分中心に動くシステムとしてエースとして君臨し、
ジョイントNo1体制を受入れてチームメイトに迎えたナイジェルは孤立。
やがてチームを去っていきます。
したたかでコースの内外で強かったプロストはこう言ったそうです。
「グランプリの世界では友情は何の役にもたたない。」
より輝かしいF1でのキャリアを残したのは誰だったかは皆が知っています。
ロニー・ピーターソンやナイジェル・マンセルは不器用な男でした。
マンセルはその後チャンピオンには成りましたが、その道程は長く決して平坦な
ものではなかったし、彼のキャリアはその本当の実力をすべて示しているとも思いません。
理不尽で政治的な駆け引きやコミュニケーション下手が災いし、彼らは真の実力を
充分に発揮できずにF1レーサーとしてのキャリアを終えたように思います。
そして、ロニー・ピーターソンはF1のキャリアだけではなく、31年前の今日、
9月11日、命も落としているのです。前日に行なわれたイタリアGPで多重事故に
巻きこまれての結果です。事故後、救出されたときは意識もあり死ぬような怪我では
無かったのに、その後の処置がまずかったためと言われています。
悲運ですね。最愛の妻バーバラさんも、ロニーの悲劇から立ち直れず、数年後に
自ら後を追ったとのことです。
寡黙で純情で優しすぎたピーターソン夫妻の美しくも悲しい物語。 安らかに眠れ。
*写真は「auto technic」誌’78.11月号表紙をスキャンしたもの
没後30年の昨年、スウェーデンに『ロニー・ピーターソン博物館』が
開館したそうです。
http://www.ronniepetersonmuseum.com/
by knaw
| 2009-09-11 08:11
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