奈良県の一級建築士事務所 (建築設計事務所) 中尾克治建築設計室のブログ 建築設計監理・家具デザイン・庭園デザイン


by knaw
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頼久寺-遠州のニワ

遠く愛宕山を借景として、白砂の中に鶴・亀の島を配した「頼久寺」の枯山水庭園。
作庭は小堀遠州の手による。

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白砂は湖を表しており、遠州の故郷・近江の山々と琵琶湖に見立てられている。
「綺麗寂び」「遠州好み」と形容される洗練された美の世界を生み出し茶の湯の
世界で知られる大名茶人の遠州だが単なる趣味人では無く、作事奉行として
仙洞御所や駿府城、名古屋城天守など宮廷や幕府の建築造営にあたるほか、
二条城二の丸庭園、南禅寺金地院、桂離宮といった庭園を手掛けた建築と造園に
おける鬼才だった。(ウラヤマシイカギリ)

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山畔のサツキの大刈り込みで青海派(セイガイハ)を表現しているのだがサツキが
赤い花を咲かすと枯山水とは思えない華やかで饒舌な庭に一変するという。
サツキの咲く季節に行ったことがないからなんとも言えないが写真で見ると
ナルホド華やいだ庭である。(この写真は9月の中頃の撮影)
この自由闊達な作庭手法こそが遠州の真骨頂。ちなみに遠州以前の庭には
「刈り込み」という手法は存在しないとか・・・
遠州の創意の卓抜さがうかがえますな。

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                  枯滝石組とサツキ刈り込みと白砂

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岡山県高梁にある頼久寺の草創は不詳。暦応2年(1339年)足利直義が再興され、
その後に備中松山城主・上野頼久(ヨリヒサ)が寺観を一新し、彼の名前が寺名の由来となる。
小堀遠州は慶長5年(1600年)からに当地を管轄した。臨済宗永源寺派の寺院である。
by knaw | 2009-11-20 23:58 | ♪お気に入りあれこれ