奈良県の一級建築士事務所 (建築設計事務所) 中尾克治建築設計室のブログ 建築設計監理・家具デザイン・庭園デザイン


by knaw
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<   2010年 01月 ( 12 )   > この月の画像一覧

先日、見に行ってきた大阪市内の敷地はほんとに小さかった。
「どこですか。」「これですよ。」といった感じで通り過ぎちゃう
くらいです。間口が4m、奥行きは道路の中心後退(前面道路の
幅が4m無いと建築行為が出来ないので、道路の中心ラインから
双方に2m下がらないといけないのです。)があるので実質9.2m。
建蔽率80%はまだいいけど、容積率160%はキツイ!
駐車スペースも1台分確保してほしいとのことなので、ウ~ム・・・
延べ面積19.27坪がマックスだから、僕がいままで実務で設計した
中では最小となります。
大きな暮らしができるちっちゃい住まいができるといいです。
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by knaw | 2010-01-31 09:42 | ♪建築現場から

エリンもどる

10日ほど用あって訓練所にもどっていたエリンが昨日、帰ってきた。
暮れのダイエット命令から1カ月で1㎏も落ちなかったのに、この10日で
結構絞り込まれていました。(10日で1.5㎏くらい減量)
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しかし、帰ってくるとすぐさまご覧のような状況なのでリバウンドが心配。
by knaw | 2010-01-29 07:51 | ♪盲導犬パピーの日常

塔の家

先日バラガン展に行きましたが、会場のワタリウム美術館(これはマリオ・ボッタの設計)は
キラー通りに面して建っていますが、通りをはさんで向かい側には東孝光氏の自邸であり
代表作のひとつ“塔の家”が建っています。
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竣工当時の写真を本なんかで見るとすくっと一本、この塔の家だけが建っており、まさに塔。
でも今は周囲に倍以上の高さのビルが立ち並んでいるので逆にその小ささが際立っています。
わずか6坪の狭小地に建築面積3.57坪という小ささ。びっくりですね。
今日、大阪市内へ間口2間、奥行き4.5間という小さな土地を敷地調査に行きますが、
この塔の家をみていると希望が持てます。
倍くらいの建て坪の家が計画できるのですから。
by knaw | 2010-01-27 08:42 | ♪お気に入りあれこれ
WEBサイトのコンテンツ“[建築雑学]建築家に恋して”の論考 きよしとキヨシ “違いがわかる男”と“早すぎた求道者”それぞれのモダニズム Vol.2 を補足する内容です。
一読くださいませ!

*1)清家は1941年3月、東京美術学校を卒業した後、父親の薦めもあって
東京工業大学へ進学する。ここで谷口吉郎、小林政一、前田松韻、藤岡通夫、
谷口忠、後藤一雄らの教授陣に師事する。当時は助教授だった谷口吉郎に
デザイン教育を受けたという。卒業後、海軍を経て東京工大に助手として
1946年に就任。翌年には谷口設計の藤村記念館の設計をサポートするなど
ちかい関係にあった。清家の名を一躍有名にした、森博士の家はもともと施主が
親交のあった谷口教授に設計を依頼したところ、事情あって助教授だった
清家を紹介したことに始まる。

*2)清家研究室は東京工業大学での清家の研究室で、この研究室に学んだ
人の中には林昌二、山田雅子(後の林雅子)、篠原一男など、後の建築界を
支える次ぎの世代を多く輩出している。(そうそうたるメンバーである!)
研究室では、常に清家の冗談が飛び交っていたといい、しばしば猥談も混じるのが
特徴だったらしい。まじめな話で行くと、研究室での清家は構造に対する取組みが
明確で、たとえ小さな住宅でも骨格は建築として本格的な構造システムであるべき
という思想だった。清家が構造に明るかった理由にはふたつあり、ひとつは海軍で
格納庫など大規模構造物に係った事、もうひとつは後藤一雄など構造デザイナー
との付き合いに恵まれたことと弟子である林昌二は振り返っている。
研究室で学んだ次世代は当然の如くそのエッセンスを引継いでいくことになる。

*3)別冊新建築「清家清」に収録されている、-清家清-わが軌跡を語る 生い立ち
から東京工業大学に戻るまで- で清家自身が回想しているが、中学時代、図画の
先生が進学指導で美術学校進学を薦めてくれた。清家自身も絵が好きで二科系の
先生に水彩画を習ってもいた。まんざらでもなく美校へ進む事を意識していたが、
厳格な工学博士の父が絵描きになることなど賛成しなかったので、美校の中でも
純粋芸術ではない建築科ならどうかということで許しを得て、進学することになったという。
父としてはすこしでも堅気の職業についてほしかった。美校を卒えてから東京工大に
進むのも父の助言による。清家自身も徴兵を免れるためなど、いろいろと魂胆が
あったようだが、跡取り息子を想う父とその親を気遣う孝行息子の温かいエピソードである。

*4)東京藝術大学のバウハウスとの接点は、まず水谷武彦と山脇巌のバウハウス
留学に始まる。石本喜久治らが初めてバウハウスを訪問したのが1922年。
以来見学者こそいたものの、日本の建築界からバウハウスを留学したのは当時、
両氏以外にはいない。(山脇の妻・道子も同じく留学しているがデザイナーであり
建築界からの留学とは言えない)水谷は1927年から1929年まで留学し、
ハンネス・マイヤーの指導を受けている。留学生第1号である。美校卒業後、
建築科助教授のときに岡田信一郎教授が最新の建築思想を体得せよと送り込んだ。
帰国後、藝大建築科で教育にあたる。その後の教え子に吉田五十八や吉村順三
らがいた。(清家は吉村の卒業後、5年のちに入学しており、水谷の直接指導も
受けている。)1926年に美校を卒業した山脇(当時は藤田巌)は、1928年に
山脇道子と結婚。山脇家の養子となり、1930年、夫婦そろって渡独、バウハウスに
入学する。巌は建築課程でミース・ファン・デル・ローエの指導を受ける。
藝大で教鞭を執る事は無かったが、帝国美術学校(現・武蔵野美大)や日大
芸術学部で教授を務めている。バウハウスの教育スタイルを体得してきた水谷の
指導法は明らかに岡田らとは隔たりがあったようだ。
吉村順三は卒業設計に小住宅を選び、乾式パネル工法による新しい住宅の
スタンダードを提示しており、そこには明らかにバウハウスの影響がみてとれたという。
当時の思潮としてちいさな住宅の設計を卒業制作とは認められないという教官が
多かったというが、水谷は吉村の設計と姿勢を最後まで支持した結果、吉村は
卒業できたと言われている。

*5)清家は建築家として晩年、札幌で市立高等専門学校の創立に尽力し、
自ら初代校長として1991年から1997年までデザイン教育の礎を築いた。
その学び舎は自らが設計した校舎だった。この学校で清家はバウハウスの
DNAや精神を移植する覚悟であったに違いない。

札幌市立高等専門学校(現・札幌市立大学デザイン学部)
一段高い起伏の多い傾斜地には一般教育棟、アトリエや工房をもつ専門教育棟、
研究所、その他諸々の学校施設を設けた。各施設はスカイウェイと呼ばれるギャラリーで
結ばれている。ギャラリーは冬季、積雪6mに達する各施設を結ぶ回廊であり、
また文字通り学生、教官の作品展示空間となっている。このギャラリーの床レベルが
傾斜地に建つ施設群の基準レベルとなり、上下1層に全ての部屋が配置されている。
(『建築家・清家清』より引用=初出・『新建築』9602号)
この学校の設立前、札幌市は既に学校施設の基本計画を描いていて、そのまま
進めたかったようだが、清家は、それではデザインの教科書を他人に書かせた
ようなもので理想的な教育環境にならないと断固反対し、校長就任の話まで
固辞すると言い張ったという。誤解を恐れずにいうと市側は有名建築家の「清家清」と
いう看板だけがほしかったのであったと思う。そのような形式だけの教育を清家が
許すわけが無い。本物の教育者であった清家はグロピウスが自らバウハウスの
校舎を設計したように、自らのコンセプトでキャンパスの計画に挑んだのである。

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エントランス棟正面、中央にエントランスホール、右側が体育館、左側が図書館に
なっている。縦に伸びる2本の塔は階段室とEVシャフト。
スカイウェイへと繋がる。

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スカイウェイは山の中から飛び出してきたかのように
一直線に伸び、文字通り空へと繋がる道のようである。
アクロバットなことを好んだ清家の真骨頂で、ここばかりが
クローズアップされるが。土地の文脈を読み、大きな造成を
加えることなく、周辺環境に配慮された建築でもある。


札幌へ訪れた時、この学校が見たくて見学を申し出たが先方とのタイミングが合わず、
結局外観のみの見学となった。いつの日か晩年の清家清がマスタープランした
この学校建築をなめまわすようになでまわすようにじっくり見てみたいものだ。
by knaw | 2010-01-25 00:29 | ♪お気に入りあれこれ
“ルイス・バラガン邸をたずねた”
といっても本当にメキシコまで行った訳ではない。
メキシコの建築家ルイス・バラガン(1902~1988)の自邸を再現した展覧会が
渋谷のワタリウム美術館で開催されていた。会期は今日2月24日まで。
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会期終了前日、所要で東京へ行くことがあったので、ちょっと早めに行き
ギリギリ滑り込み見学。小さな会場なので1時間もあればゆっくり見て回れるのだが、
終了前日の土曜とあって、人がいっぱいで落ち着いて見れなかったのが残念。
会場構成を妹島和世+西沢立衛/SANAAが手掛けられたとのことですが、
所詮展示は展示。ぜひメキシコまで行ってホンモノを見学したいと思います。
(オカネ ト ジカン ヲ ツクラナケレバ)
「豪華であろうと質素であろうと、静謐な家をつくることが建築家の義務なのです。」と
生前、語ったバラガンですが、その言葉通り彼の自邸は静謐な空間を作り上げていた
ことは展示からも推測されます。
ゲストルームの窓に設えられた4枚の遮光板による外光を調整するディティールが
気に入りました。いつかどこかでマネしてみたいものです。
by knaw | 2010-01-24 11:51 | ♪お気に入りあれこれ

わたしたち似てますか?

小柄でスレンダーのナッティ、ちょっとぽっちゃりグラマーなエリン。
真っ白い毛並みに耳と前足に斑のあるお転婆ナッティ。
全身ライオンのような茶色い毛並みの大人しいエリン。
それぞれ特徴がありますが、預かっている身とすればどっちがいい悪いじゃなく
みんな可愛く思えてくる。
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実はナッティとエリンは異母姉妹。父親似と言われたナッティ(親父の顔は
見たことない)とお母さんそっくりのエリンなのですが、よくよく見るとやっぱり
似ている気がしてきます。
姉ナッティは既に盲導犬として活躍中!妹エリンはもうすぐ訓練所に帰ります。
by knaw | 2010-01-20 16:11 | ♪盲導犬パピーの日常

新しい「宇治橋」

2013年の「第62回式年遷宮」に先立ち、伊勢神宮内宮の玄関口にあたる宇治橋が
昨年の11月に架け替えが終わり「渡始式」も行なわれましたが、今年の初詣は新しく
なった宇治橋をまっさらな気持ちで渡り一年の多幸を祈願しに行った人も多かったのでは。
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さてさて、その宇治橋どんな構造になっているのか?橋の上を渡るだけでは、その
美しい反りのついた造形くらいしか分かりませんね。ということで、ちょっと下に
もぐってみて(*ご注意:基本的に橋の下は立ち入り禁止!でも、下の写真のアングルなら
参道の脇から見れます。)、眺めてみるとこんな感じ。
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全長101.8m、橋幅8.42m。巻尺で測ってみました!(これはウソ、本気にしないで。)
でもスペックは間違っていません。その筋の専門家に聞いた話なので間違いないでしょう。
“和橋”と呼ばれる純木造の橋です。木組みが素晴らしいですね。
そしてオールヒノキ材かと思っていましたが、違います。橋脚はケヤキ材とのこと。
この橋の木組み・構造・造形には宮大工の技術に加え船大工の伝統技術も活かせている
のです。まさに世界最強タッグ!
このように中央が高くなっている橋を一般的に「太鼓橋」と言いますが、意匠的な理由も
ありますが、基本的には橋の上に水が溜まらないようにする目的があるわけですね。
特に木の橋は水溜りが出来るようじゃすぐ腐っちゃいますから。昔の木造橋は
屋根が付いているものもあります。映画にもなった「マディソン群の橋」もそうでした。
(どんな橋でも中央部は必ず高くなっています。)
そしてこのように中央が高くなる曲面を“反り”と言うのです。建築の屋根はこの曲面を
“むくり”と表現するので逆ですね。屋根で“反り”はお寺さんのように両端を結んだ
中央部が下がっている曲面ですね。土木と建築で何で逆の表現をするんでしょう。
ちなみにこの“反り”の高低差いくらあると思いますか?
ちょっと測ってみたんですが(ウソですよ!)、約1.8mもあるのです。
歩いて渡っているだけではそんなにあるようには感じませんね。
この高さの“反り”があるから両岸で対岸の様子が判りません。橋の上を歩いている人の
姿は見えるけど、渡りきった向こう側が見えない。これが期待感を生み出します。
彼方(神域)へという大いなる想いを。
もうひとつ、新しく知ったことをお伝えしましょう。橋の高欄の上に取り付けられた
ぎぼしは数えてみると全部で16基。青銅製でひとつの重さが約30kg近くあるらしいですが、
全部いっしょじゃないのですって。ひとつだけ肉厚が違い44kgある守り神を収められている
ものがあるそうです。今度行った時、どれだか探してみてください。
「宇治橋」のちょっとした豆知識でした。
by knaw | 2010-01-17 21:15 | ♪度々の旅

私家版・日本の遺産

以下に示しますは、独断と偏見で選ばれしわたくしなりの
日本遺産あれこれ。言い出すと切が無いので写真画像を
用意できるもので、頭に浮かんだもの5つを勝手に選定です。

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富士山
ゴミ問題なんかでユネスコが認定する「世界遺産」にはなかなか険しい道が
あるようだけど、この日本一高い山、名峰・霊峰の富士の山を「あんなもの」と言う
日本人(異邦人でも)はいないでしょう。これはやっぱり外せない。
僕は小4の時に父親に連れられ登頂済み。この写真は5、6年前の暮れ、富士浅間神社に
暮れ詣でした翌日の朝、山梨側から写したもの。ダイヤモンド富士もどきのカット。

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大工技能とその道具
島国・日本は山国でもあり森の国でもある。そこで育まれた木の文化は木造で建物や
いろんな構造物を作る技を見出してきました。伝統的な大工棟梁の技能は後世に
残すべき遺産ですよね。そして鑿・鉋・鋸・曲尺、墨壷などの道具も。
写真は手刻みで住宅の用材の墨付けをしている棟梁。右端の8寸角の大黒柱は圧巻でした。

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水田と稲作文化
稲作の発祥は日本ではないですが、米が主食として日本に深く永く根付いてきた意味は
大きい。保存が効いて、栄養価が高い米が主食にならなかったら、人工1億を超える国家は
生まれなかったといいます。そして日本が世界に誇る土木建築技術の水準の高さは、この
稲作の農耕技術がベースにあることは言うまでもありません。畑と違い、水を張りますから
完全な水平でなければならない訳ですから。畦も田の底もフラット、一定の水深を確保して、
水源から水を引きこみ、また次の田へという循環のシステム。
写真のように平野部が少ない日本の国土は山間部に棚田を作り上げ、それは雨を貯める
治水のダムでもあり、地下水や川の水を提供する利水のダムでもあるのです。

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カップめん
カップに入ったインスタント麺にお湯を注ぐだけ。あとは3分の我慢じゃ!
日本生まれのインスタントカップめんは好き嫌い、良し悪しは別としてやっぱりの
日本の遺産。アホほどの種類のカップめんが発売されては消えていってますが、
負の遺産とならないように各社いろんな工夫をして改善されているようです。
写真は本家本元の「カップヌードル」。近頃売られているダイエット向けのLIGHTと
いうもの。カップめんに限らずカロリー0とかオフとかいろんな商品がでてますが、
ダイエットや健康を気にするなら、こういったものは食べないに越した事は無い。

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障子
かつて家はその場所の風土に根ざして作られたものだった。だから日本の場合は
木、紙、土、竹といった素材が多用されたのですね。紙貼り障子は現代の家ではめっきり
減ってしまったが、障子の向うには気配があり和紙に漉かされた穏やかな散光は
心を落ち着かせてくれます。日本の家作りの本質は自然との一体感にあるわけですから
便利やメンテが楽とかばかりじゃなく、光を招きいれ風景を呼び込む開口部の装置として、
もっともっと復権してもらいたいもの。調湿効果や断熱効果もあるのだから、住宅版
エコポイントで障子を入れたらポイントが上がるとかどうですか?

以上の5つが取り合えず(と言うと失礼ですが・居酒屋で取り合えずナマと言うのと同じで
先ずはこれがなきゃ始まらんという意。)選ばれし「私家版・日本遺産」なり。

WEBサイトDaddy's at Home[ナカオの本棚]“「太陽」と「芸術新潮」”もあわせてご覧下さい。
by knaw | 2010-01-16 11:29 | ♪お気に入りあれこれ
WEBサイトのコンテンツ「建築雑学・建築家に恋して」の論考を補足する内容です。
一読くださいませ!

http://daddys-athome.jp/archives/763

◆続きを読む>>
by knaw | 2010-01-11 12:19 | ♪お気に入りあれこれ
「犬は歓び庭駆け回り、猫はこたつで丸くなる。」と昔からよく言いますが、エリンに限っては
違います。
散歩やお出かけは好きだけど、外に出ても決して駆け回らないしおとなしい性格なんですね。

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家の中では気付いたらご覧の通り。
おしりからズイズイとこたつに潜っていきます。頭までこたつふとんに入ってすやすや
(いや、グーグーと鼾をかきながら)と寝入っていることもあります。
お母さんのお腹の中を思い出しているか?もうじき1歳。いつまでもそんな幼児的では
いけません。ましてやこたつふとんに丸まるとは盲導犬候補生としては失格じゃないですか。
僕のほうが怒られちゃいます。ちゃんとしましょ!ちゃんと!
by knaw | 2010-01-11 09:28 | ♪盲導犬パピーの日常